PandoraPartyProject

イラスト詳細

産声

作者 日下部あやめ
人物 エーリカ・メルカノワ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

4  

イラストSS

はじまりの、芽吹き


 夜鷹と呼ばれていた頃。そのいのちが、幻想種と呼ばれると知らなかった頃。
 氷の眸に映したのは、数多の生命芽吹くその空間。
 はらり、はらりと落ちた木々を見詰めながら、酷く恐ろしい者を見ているようにエーリカは驚いた。
「すごい」と唇から紡がれた音は擦れる葉と共に落ちていく。始祖の霊樹の傍に立ってから、いのちが、からだが知っている草木の囁きが穏やかに包んでくれた。

「………夜鷹殿は彼らに会ってどうするのだ?」

 その問いかけに夜鷹は「わからない。でも、」と唇を震わせた。
 逢って、何かが変わるわけじゃなかった。無意味で、無価値で、自己満足。
 それでも、様々なこえが無数に踊っていることが、妙に不思議な感覚で。
 澄んだ空気が肺をめいっぱいに膨らませる。それは、導くような紛れもない。
 滞在をゆるされ、恋を語った黄金の樹に、わらうこと、を知らない自分を僅かにせめた。

 ――みんな、見ることの叶わないおひさまに恋をして。
 みつけてもらえるように、ひかっているんだって――

 そう告げた、言葉の『こい』の重さを反射した銀の水路は光苔できらり、きらりとその存在を返してくれる。
 受入れてくれたせかいに。戸惑いながら、夜鷹は――影はその場をあとにした。

 そうして、――そのひかりを、夜鷹は知らなかった。
 まるで、銀の水路でみた光苔のような、黄金の樹のこいごころのような。
 きらり、きらりと淡く踊る。
 用心棒たるおとこにはじめてみせた願星の輝き。
 
『あなたに、どうか、さちあれかし』

 きらり、きらり、光を零すように。溢れるように。
 こころのかがやきに「嫌いだ」と微笑む聲にひどく、戸惑った。
「きれい?」
「ああ、美しい」
 淡く輝く星のかけら。願いを、祈りを、ひかりにのせて。
「おとぎばなしで、聞いたの。そらに輝くほしは、願いをひかりにのせてはしるんだ、って」
「……ああ。天蓋の星へ祈れば願いが叶うそうだ。この光は願いのほしのきらめき。
 ほしの命が燃える景色だよ。星は命を賭けて、願いを叶えるんだ。
 ……きっと、この光でも叶うさ。『夜鷹』、君は何を願う?」
 それは、夜鷹にとって――、

 それから、三年の月日が経った。
 夜鷹は、エーリカ・マルトリッツとなった。
 そして、エーリカ・マルトリッツはエーリカ・メルカノワとなって、つがいとなった用心棒(かれ)もそばに居た。
 怯え孕んだ『夜鷹』の不安は鬱蒼とした闇色ではない、美しきぬばたまを揺らすひとりの娘として前を向くことが出来ている。
 夜(ニュイ)の娘は「もう一度、いきたいの」とラノールへと告げた。
「怖くはないかい?」
「こわい、けれど、一緒に居てくれるでしょう?
 それに、あの人達は、やさしくて、受入れてくれたから」
「ああ。君が其れを望んでくれるなら。行こう、エーリカ。
 きっと、『おかえり』と微笑んでくれるさ」
 手を繋ぎ、刹那の怖れを振り払う。淡い草木の香りに包まれて、澄んだ空気に胸を撫で下ろす。
 この場所が故郷だと、そう感じることが出来たのは。きっと、あなたがおしえてくれたこころだ。
 手を繋げば満ちる星環にあいが揺れる。霊樹のローブは始祖の加護を抱き、エーリカを抱き締める。
「黄金樹は何か言っている?」
「うん。……おかえりなさい、歓迎します、って」
 ラノールは「そうか」と笑みを零した。見つめ合えば綻ぶように、花の咲くかんばせはしあわせが踊っている。夜鷹、と呼ぶ者は誰も居ない。そのからだを、その耳を、目を、髪を、否定する者は誰も居ない。
 ローブをそっと脱いで、エーリカは「もう一度、会いに来ました」と頭を下げた。

『親愛なる同胞へ。汝らの道行に、黄金樹の加護がありますよう』

 ひかりが、掌へと小さな小さな命を与えてくれる。
 黄金の芽吹き。新たな息吹を傍らに、と微笑む声に「だいじにします」とエーリカは頭を下げた。
「同胞と、なかまと、よんでくれてありがとう」
『親愛なる同胞へ。
 どうか――迷うことなきよう。
 困難な道を行くというならば、屹度、あなたにも永劫の倖いが訪れるでしょう』
 願うようなその声に、背を押されるようにと進み出す。
 永劫のいのちなど、どこにもなくて。永劫の祝福だって、まぼろしであるかもしれない。
 それでもいのちを辿り進むために。
 嘗て『蒼鷹』が誰かを愛したように。わたしだって、彼を愛したから。

「エーリカ、譲り受けたいのちは、何処に植えよう?」
「庭に、植えようとおもう。わたしたちを、見守ってくれるはずだから。
 おおきく、おおきくそだったら、きっと始祖のようにきらりとかがやいてくれるはず」
 願いを込めるように、苗木を庭へと二人で埋める。手を繋ぎ、優しい声で「おおきくなぁれ、おおきくなぁれ」と幼いこどものようにおまじないを唱えれば、僅かな光がふわりふわりと舞踊る。
『わあ』
『エーリカ、すごいすごい』
 周囲を踊った精霊達が驚いたようにエーリカのまわりをぐるり、ぐるり。
 小さな羽を踊らせながら『しんいり』の様子を伺いにきた精霊達はそっとラノールの後ろへと隠れて覗き込む。
「――わ、」
 聲を発したと共に、ぎゅうと目を瞑った。
 溢れ出したひかりが、まばゆく周囲を包み込む。あたたかい、と感じた後、護るようにラノールがぎゅうとエーリカの手を握ってくれた事に気付く。
 恐る恐ると目を開く。淡くひかり、おだやかに周囲を包み込むのは生まれたばかりの、黄金樹に宿る精霊のともしび。

「きれい」

 呟く声に『きれい』『ええ、きれいね』『エーリカ、この子に名前をつけて?』と精霊達が笑み零す。
 精霊達が喜ぶ聲に、生まれたてのかがやきが、エーリカとラノールを見ている事に気付く。
「ラノール、みて。……このこ、わらってる」
「あぁ……ふふ、可愛らしいな。新たな家族だ」
 幼いいのちは、まだ揺らぐ。灯されたばかりのそれをそう、と撫でれば指先を包む穏やかなぬくもり。
「ちいさい」と目を細めて笑えば精霊達も『ちいさい』『かわいい』と微笑んでいる。
「この子のことも。まもっていこうね」
「勿論だとも。この家に住まう全ての者を愛していこう」
 小さな小さな、約束だった。小指のさきに、約束をのせて紡ぎ合う。
 どうか、芽吹く命はあわい陽のいろ。夜とは対照的な穏やかなひかり。
 それを、怖れることはなく。エーリカは「あいする、あいしていこうね」と綻んだ。
「……わたしに、ひかりを。『あい』を。おしえてくれて、ありがとう」
 あいすることは、こわいこと。
 そんなことないよ、と手を繋いでくれるあなたが、何よりも愛おしい。
「……ふふ、こちらこそ。私を愛し、私に愛されてくれてありがとう」

 この生涯(ゆくさき)が何処に繋がっているかはわからない。
 嗚呼、けれど。屹度――屹度、わたしたちならばだいじょうぶ。

 わたしを、夜鷹であった、わたしを、『エーリカ』にしてくれたのは。紛れもなく――

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