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イラスト詳細

ヘイゼル・ゴルトブーツの一周年記念SS

作者 YAMIDEITEI
人物 ヘイゼル・ゴルトブーツ
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

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イラストSS

 ヘイゼル・ゴルドブーツはこの世界が異邦人(ストレンジャー)に『親切』である事をすぐに理解した。
 いきなり知らない場所に放り出されればもう少し困りそうなものだが――崩れないバベルなる超常現象により言葉の問題は最初から存在せず、それも含めた混沌肯定なる幾つかの世界法則は最低限自分がこの場所で生きていく為の手段をも担保する。
 無論、不便になった点もなくはないのだが、良くも悪くも『いい加減極まりない』この世界は根無し草には似合いだという結論に到ったのである。
 幻想、鉄帝、天義、傭兵、練達、深緑は別にして、この海洋。
 諸国を見て回った感想はそれぞれだ。感慨は余り深くないが――
「……と、言う訳でやる事も無いので見聞を広めていた、と。そういう訳です」
 ヘイゼルはこれまでの経緯の何となく、と今日に到った話をかなりかい摘んで目の前の男に告げていた。文明程度、社会風情に対して不必要に高くも感じられる飲酒制限なる面倒に辟易しながらも、食事をする位ならば構うまい、とふらりと入った酒場で頼まれた相席は、見るからに――直感するに『普通』からはかけ離れていた。
「ふうん」
 気のあるような気のないような返事をした話し相手――長髪の男は目の覚める位に美しい顔立ちをしていた。放蕩の貴人辺りを思わせるその風貌と雰囲気は、それ自体がこの機会に特別を思わせる。尤もヘイゼルは顔立ちの美醜をそう真剣に気にする方でもないのだが。
 ともあれ、重要なのはこのイベントの方だった。
(恐らくは)偶然に、(恐らくは)只者ではない人物と、数奇にも歓談の場を得た。
 この出会いは何かの意味があるかも知れないし、全く無いかも知れない。
 しかし、ヘイゼルにとってそういった刺激こそ最良にして最上であるという事。
「『旅人』というのはそんなに多いのでしょうか?」
「仰る通り、君のような『旅人』は案外多くやって来る。
 多いといっても大した数じゃないけれどね。数百か数千か。何百年も前から続いている現象らしいから、実際の所その総数は分からないが――重要なのは君の言う通り、君達がこの世界に認知されている、という点だから。
 ……ま、君はこの世界を楽しめているようで何よりだ」
「他の誰かはもっと不幸そうなのです?」
「個人差はあるさ。天涯孤独の世界に無理矢理呼びつけられて世を儚む者も居る。
 大いなる力の持ち主がそれを喪失して絶望する事もある。その逆、力を失って大喜びする者も居る。
 精神性ってヤツは人それぞれ様々で、渇望も又然り。罪も罰もあくまで個人の持ち物なのさ」
 今度はヘイゼルが「そうですか」と流す番だった。
 木のカップに注がれた麦酒ならぬ果実水を一口飲み込んで目の前の男の様子を伺う。
 ヘイゼルはこの世界の住人にそう詳しい訳ではなかったが、手慰みの無駄話に『こういう反応』を寄越した人物は初めてだったからだ。
 持って回ったような物言いは大いに的を射ないが、逆にそれが彼女の興味を擽った。
 彼は今、個人の精神性は様々だ、と言ったが――ある日突然異世界なる場所に呼びつけられたとしても、平然としている彼女のそれは『好奇心』のみに根ざしている。
「君は不思議な色をしているね」
「そう珍しい髪色、目色とは思えないのですが」
「そういう事じゃなく。属性というか何と言うか――うん、そうか。それが君への贈り物か。要するに君をめくる事は誰にも出来ない訳だ。それは君の願望かい?」
「さあ? 自分の事は案外分からないものです。
 ただ――そうですね。不躾に部屋を覗かれる趣味はありませんね」
「女子なら尚更」とヘイゼルは如才なく冗句も交えて見せる。
 当然、その言葉には言外に知った顔で踏み込んだ男への牽制を僅かに含んでいる。
 この世界に降り立った時に本能的に理解した贈り物(ギフト)は確かに自分に似合いだと思ったものだ。Complex Ωはヘイゼル・ゴルドブーツの内面を探る全ての望まれざる客を拒絶する。
 それ以外に何の恩恵の無い単純な能力だが、自分には似合いだと思ったものだ。
「おかしな事を聞いてもいいかい?」
「先程からのやり取りも十分不思議な感じなのです」
「まぁね。我ながら悪い癖が出ている。
 だが、これも君という面白い人物を見つけたからはしゃいでいる、とでも受け止めてくれたまえ」
 ヘイゼルは肩を竦める代わりに慣れた調子で温い微笑みを返した。
 彼女は人を積極的に否定する事は無い。人当たり良く、如才なく。その場その場を綺麗にやり過ごす術に長けている。相手が酒場の酔客であろうと、正体不明の美形であろうと。彼女の『方針』に変化はない。
「どうぞ。答えられる事でしたら、答えます」
 相手のなりと口振りからしてまさか「君こそ運命の相手だ」とは言われまい、とヘイゼル。実際に言われた事も無い訳ではないのだが、それはそれ。拘りというものを殆ど持ち合わせず、過去にも未来にも頓着しない――或いは出来ない彼女は、今この瞬間が刺激的であるか、その好奇心を満たすものであるかどうかが重要だ。
 言うまでもなく『日常の中、明らかに日常に存在し得ない男が、おかしな事を尋ねてくる』というシチュエーションは、彼女の望む非日常そのものである。
「では、尋ねよう。
 第一に君は誰かの搾取、誰か一人の犠牲の上に成り立つ世界をどう感じる?」
「場合によりますね」
 ヘイゼルは問いの意図を理解し得なかったが、淀みなく答えた。
「それが必要不可欠であるならば仕方ない側面もあるでしょう。
 感情的な意味で、理屈で。負い目を感じないかと言えば嘘になります。
 また、その誰かを愛する――まぁ、恋人的な意味でなくてもです――誰かの立場で言うならば『許せない』場合もあるかも知れません」
 一般論で答えた彼女は、はぐらかしているという訳でも無い。
 誰にも内面をめくらせず、誰にでも肯定的な彼女は、誰かを否定したり、言葉を戦わせるような興味を持ち得ないだけだからだ。Complex Ω(セキュリティ・クリアランス)に守られた彼女の内面は酷く空虚な――空っぽだ。
 故に彼女は何処にでも馴染み、誰とでも上手くやり、何でも吸収し、実際の所は何者も見ていない。
 唯、例外的に――今この瞬間のように自身の興味を強く惹き付ける『出来事(イベント)』を除いては。
「宜しい。では第二問だ。
 君は誰かの為に世界を侵す事をどう思う?
 酷く身勝手に我儘に感情の赴くままに――良識を投げ捨てて、欲望のままにね。
 あくまで例え話だが、この場合の犠牲者は『世界そのもの』と考えてくれたまえ」
「それは簡単ですね」
 ヘイゼルの返答は早かった。
「第一問が肯定される前提なのだとしたら、第二問もやはり肯定されるべきです。
 だってこれは、最初から良い悪いの話ではないのでしょう?」
 ヘイゼルの言葉に男は切れ長の瞳を細め、愉快そうに笑い声を上げた。
「君はこの僕にも内面をめくらせないけれど、やはり僕の見立ては間違ってはいなかったようだ。
 そう、そうあるべきなんだ。どちらかが否定されるならばそれはフェアじゃない。
 第一問が在るべき姿ならば、第二問は当然の権利に過ぎない。
 後はそれを為すかどうか、その力があるかどうかで――ああ、君は妹に似ているな。でも、似ているようで余りに致命的に違って――ああ、そんな話はつまらない余談なんだけど」
 男はそう言うとテーブルに銀貨を置いて席を立った。
「お礼にここのお代は持とう」と言う自身に「そういうのはちょっと」と応じたヘイゼルに彼は言う。
「ならば、貸しにしておこうじゃないか。
 もし、もう一度会う事があったら――その時はまた付き合ってくれたまえ、『ヘイゼル君』」
 一方的に言った男とはそれまでだった。
 それだけで、酒場の喧騒、酔客の声、大して美味くもない料理――何もかもが元通りである。
 彼の異常な存在感は目の前に居た自分には確かに伝わっていたのに、酒場の風景は異様な程に彼の存在を気に留めていなかった。
 そう言えば自分と彼は一緒に居たのに、注文を尋ねられたのは自分だけではなかったか?
「……………名乗りましたっけ」
 呟いた少女は彼の言った「また」が来て欲しいような、来て欲しくないような――彼女には珍しい不思議な感情を否めなかった。

 ――これは大規模召喚の少し前、どうって事の無いきっと『普通』のお話である。

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