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イラスト詳細

恐怖、とは。

作者 洗井落雲
人物 武器商人
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

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イラストSS

 望郷の念とは薬のような物であろうか。少量であれば、或いは一時、己を奮い立たせる原動力となろうが、その毒は決して抜ける事はなく、やがてそれは耐えがたき渇きとなり、苦痛の中へとその身を沈ませていく。
 『特異運命座標』不動・醒鳴(p3p005513)にとってはどうだっただろうか。突如として異界に放り込まれた醒鳴にとって、故郷とは、突然奪われた何かだ。であれば、その想いは薬ではなく、或いは永久に続く苦痛であるのかもしれない。
 この渇きは、故郷へと帰れば、癒されるのだろう。
 でも今はまだ、帰る事は出来ない。
 そんな醒鳴だから、故郷の匂いには敏感であった。匂いとは、雰囲気である。
 この世界には、多くの人間がいて、醒鳴と同じく、異なる世界より呼ばれた者も多い。
 そんな彼らの言葉の端々からは、醒鳴の故郷と同じ匂いを感じ取ることができた。
 それでも、彼らは多くの場合、醒鳴の故郷とはある点において、決定的に違っていた。
 どうやら、世界は無数に、全く異なる性質のものから、酷く似通ったものの違うものまで存在するらしい。
 結果、食い違う。
 その食い違いがさらなる望郷の思いを駆り立て、小さな痛みとなって醒鳴の中に蓄積していた。
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)と呼ばれる旅人の存在を知ったのは、ある日のことだ。ソレに興味をひかれた醒鳴は、会ってみよう、という事になった。
 何故興味をひかれたのかは、正直分らない。ただ、なにがしかの運命的なつながりを感じ取ってしまったのだ。これは理屈ではなかった。体の芯から生まれた精神的な何か――言葉に出せば、気のせいだと馬鹿馬鹿しいものになってしまう第六感的な物で、要するに――なんだか、故郷の匂いを感じ取ったのだ。
 サヨナキドリ、と呼ばれる商人ギルドに、ソレはいるという。その場所は、何処にでもある、とされた。いい加減な地図を頼りに、どうにかこうにか、醒鳴はサヨナキドリの建物を見つけた。
 緊張感は、無い。故郷の匂いに対する諦観にも似た楽観が、醒鳴の足取りをどこか軽くしている。
 建物の扉に手をかけると、まるで中に誘い込むように、軽く扉が開いた。
「すみませーん……?」
 醒鳴が声をかけながら、入店する。
どこか薄暗いような感じのする店内は、醒鳴の故郷で言う所の和風な雰囲気を漂わせていた。きょろきょろとあたりを見回しながら、店舗の中ほどまで歩を進める。
「いらっしゃい」
 途端、背中より声がかけられたので、醒鳴は思わず声をあげそうになった。勢いよくふり返ると、銀髪の男――だろうか――が立っていた。
 いつの間に、と醒鳴は思った。棚や、商品の陰にでも隠れていたのだろうか。それにしては気配を感じなかったが。いや、それよりも。
「ええと、すまない。あー……あなたが、商人さん、だろうか?」
「いかにも、その通りだね」
 ヒヒヒヒ、と、ソレは笑った。どこか得体の知れない雰囲気を纏った人物である。
「えーと、商人さん……名前は?」
「お好きなように。思い浮かばないなら、商人、と」
 ソレはそういうと、醒鳴を横を通り過ぎ、奥のカウンターへと腰かけた。
「いらっしゃい、不動の旦那。今日はどんな商品がご入用かね」
 ソレの言葉に、醒鳴は眉をひそめた。
「名前を名乗った覚えはないんだが」
「我(アタシ)にはわかるのさ」
 ソレは笑った。
「ソウイウモノなのでね」
 ヒヒヒッ、と笑った。同時に、辺りの雰囲気が、ざわついたような気がした。ヒヒヒ、という笑い声がこだまする。それには、目の前のソレだけではなく、子供の声が混ざっているようにも聞こえた。
 醒鳴はごくり、とつばを飲み込む。先ほどまでの楽観は何処へやら、体中に緊張感がみなぎる。次の言葉を探している醒鳴へ、ソレは言った。
「では、先に対価の話をしようか」
「対価だと? まだ何も――」
「構わないのさ、迷子のコ……ふうむ、まだこれは、仮にしておこうか。いずれにしても、対価は頂くものだよ、不動の旦那。これから旦那が何を所望しようと、今から決める対価を支払ってもらう、という事だね。これは旦那にとっても悪い話じゃないはずだ。例えば、そこの飴玉を望んでも、一国を得ることを望んでも、対価は同じ。なればまず対価を聞いてから、何を買うのか決める――得だろう?」
 そう、なのだろうか。
 ソレの言葉にまかれるように、思考が追い付かない。
「では対価について説明しようか」
 醒鳴の言葉を待たずに、ソレはつづけた。
「旦那の恐怖が欲しい」
「恐怖、とは」
「思い浮かべてごらん。恐怖とは、何であるか」
 恐怖、とは。
 痛み。羞恥。死。破滅。
「それは、結果に過ぎないね」
 心を見透かしたかのように、ソレが言う。
「恐怖とはすなわち、変化への忌避なんだ」
 ソレはつづけた。
「いわゆる怪談話を思い浮かべてごらん。末路は死、精神の崩壊、異世界から戻ってこられない――全て、現時点での自分の変化だ。考えてもごらんよ、死んだら来世があって、幸せになれるかもしれない。ココロが壊れても、その人は幸せかもしれない。異世界は此処より良い所かも。その先は誰も知らないんだから、そこは観測しようがない。可能性だけなら無数にあるだろう? にもかかわらず、これらを恐れる。つまりそれは、現時点での自分が劇的に変化してしまう事が怖い、という事なんだ」
 例えば受験・就職・恋愛・結婚・出産。
「全て全て全て――怖い。何故なら、今が変わるから。今が変わる事は、怖い。そうだろう?」
 そう――なのだろうか。
 そう、なのかもしれない。
「それは――それは、分った。だが、恐怖を貰う、とは」
「可能性を貰う、という事だね」
 可能性?
「ちょっとまて、恐怖を貰う、のでは」
「恐怖とは変化だ、と我(アタシ)は言ったね」
 確かに、言った。
「変化とは、可能性だ。つまり人間は、可能性を恐れる。恐怖とは可能性を恐れる感情の事だから、可能性を失った人間は、恐怖を覚える事はない。故に」
 可能性を貰う、という事なのか。
「我(アタシ)は可能性を貰う。未来を貰う。変化を貰う。そして商品を渡す。簡単だろう?」
 思わず、頷きそうになるのを、醒鳴は必死に止めた。
 可能性を渡して、変化を渡して、未来を渡して。
 それで――人はどうなる?
 それは――人ではなくなるのではないのか。
 人でなくなった人は――どうなるのか。
 じわじわと沸き立つ不安――なるほど、これこそが、変化するが故の恐怖、という事なのか。
 人でなくなれば、それは幸せかもしれない。
 永久に変わらずにいるのは、それは良い事なのかもしれない。
 だが――。
「断る」
「ほう」
「俺は、人だ」
 と――。
 醒鳴は言った。
 途端、頭の中にかかっていたもやのような物が、スッキリと晴れたような気がした。同時に、四肢の緊張が一気に解かれた。思っていた以上に、全身に力を込めていたらしかった。身体の節々が痛い。続いて、はあっ、と、思いっきり息を吐きだした。今まで呼吸をしていたのかはっきりとしない。
 今迄、息を止めていたのかもしれない。
 或いは自分は死んでいて、今蘇ったのかもしれない。
 そんな妄想にも似た感覚が全身を駆け巡って、酸素を求めるように、荒い呼吸を続けた。
「――ヒヒ」
 ソレは、笑った。
「ヒヒ。ヒヒヒヒッ。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
 笑う。笑う。笑う。目の前のソレが、酷く愉快そうに、腹を抱えて笑いだした。
「いや! いや! すまなかった! 少しからかいすぎたか!」
 ソレはひとしきり笑った後、醒鳴の背中をバンバンと強く叩く。
「いやぁ、良い! 良いよ、旦那! 気に入った! 今後とも、是非長い付き合いをお願いしたいな!」
 だが、とソレは続けると、
「すまないが、今日の所はお帰り願いたい。旦那の望むモノはきっと、今すぐ手に入るものではないだろうからね。それ以外の物なら、この世界の通貨を支払ってくれれば、いつでもお渡ししよう」
 ソレは醒鳴を追い立てるように、店の外へと連れ出した。まだ消耗していた醒鳴は、強く抵抗するでもなく、連れられるまま、街路へと放り出される。
「それでは、またのご来店を」
 ソレの言葉が背後からかけられ、バタン、と扉が閉まる音がした。
「おい、まて……!」
 一言文句でも言ってやろうと醒鳴がふり返ると、そこには扉などはなく、建物の壁があるだけであった。
 一体どんなトリックを使ったのか……呆然とする醒鳴を揶揄するように、小鳥がチィチィと、鳴き声をあげた。

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