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イラスト詳細

アラン・アークライトの一周年記念SS

作者 西方稔
人物 アラン・アークライト
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

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イラストSS

 結婚式を挙げた後。
 祝福を告げる鐘が鳴り響くなか、純白の礼装に身を包んだ『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)は、同じく純白のドレスに身を包んだ『ルミナリアの姫』ルミ・アルフォード(p3p000212)を横抱きにして、丘の上にたたずんでいた。
 地に沈まんとする太陽が、あたり一面を茜色に染めあげている。
 燦然と輝く黄金のまばゆさに目を細めながら、ふたりは眼前にひろがる大地を見つめる。
 ――深緑と傭兵の近くに位置する、アルフォード領。
 領主たるルミの治める土地が、そこからは一望できた。
 さあと吹き寄せた風がさざ波のように駆けぬけ、この祝福をはるか彼方へも届けるかのように、さやかな旋律を奏でていく。
「結婚しちまったなぁ」
「えぇ、そうですね」
 風に流れる緑髪を押さえルミが微笑み零せば、アランもまた、見つめる瞳に微笑を返して。
 アランはドレスの裾が汚れないようにと、そっとルミを地に降ろした。
 ふたり、ぴったりと寄り添って。
 夕景のなか想い出すのは、これまで幾重にも重ねてきた時間の数々だ。
「……出会ったばかりの頃が、もう、遠い昔のように感じますね」
「あぁ。まるで昨日の事みてぇに思いだせるのに、あっという間だった」
 あれは、出会ってどれほどの頃だったか。
 一年前の、夏から秋に変わろうという時分。
 アルフォード領そばの森へ、ルミとともに狩りへ出かけた。
 木々生い茂る森のなか、狩人の服に身を包んでいたとしても。
 ルミはあの頃から、今と変わらぬ、やわらかな気品に満ちていた。
「森を歩きながら、いろんな話をしましたね」
「子どものころのこと。家族のこと。弓の使い方も教えたっけな。逃げた鹿を仕留めるために、呪術を使って弓を射るのも見た」
 奇妙な軌道を描きながら心臓めがけ飛んでいく矢の映像は、今もまざまざと思い出すことができる。
「その後はすこし寄り道をして、陽の光がさす花畑へ連れて行ってくださいました」
 一面の白い花。
 風が吹き、花吹雪舞うなかで、ルミはアランの頬に口づけを贈った。
 ――責務に追われる合間の、ゆったりとした一日。
 照れながら先を行くアランの背中を追いかける時の、弾むような気持ち。
 離宮に、現実にもどることが、どれだけ口惜しかったか。
「そういえば、グラオ・クローネの日のことは、覚えていますか?」
「……空飛ぶ綿あめに乗って空中散歩した体験なんざ、そうそう忘れるわけねぇだろ」
 万が一にも落とすわけにはいかないと、アランはルミの華奢な身体へ、しっかりと腕を回した。
 ぎこちないながらも頼もしいその腕が嬉しく、ルミは祝福とともに、アランへチョコレートを渡したのだ。
「あとは、あれだ。『シルク・ド・マントゥール』の公演も、一緒に見に行ったっけな」
 当時の己の初々しさをはぐらかすように、アランが次の話題を投げかける。
 ルミはアランの顔を覗きこむようにして、即答した。
「それこそ、忘れようもありません」
 ――何かあったら観客含めて俺が守ってやるさ。安心しろこの野郎。
 乱暴でありながら、すべてを背に立とうともする頼もしさに、不安に満ちていたルミの心がどれほど励まされたことか。
「あの時の言葉があったからこそ、ビニール傘を手にしての訓練も、挑戦してみようと思えたのですよ」
「……ああ、『メリポチャレンジ』な」
 彼方を見やりアランが口にしたのは、ある狂信者の実施した降下訓練のことだ。
 実際のところ楽観していたのはルミだけで、アランはわりと命の危険を感じていた。
 が、それは、あえて口に出さずにおく。
 そんなアランを見やり、ルミはくすりと微笑んで。
 頬を撫でた風に花の香りを感じ、かつての光景を脳裏に蘇らせるよう、まぶたを閉ざした。
「春と夏の気配が混ざるころには、こんな草原のある丘陵で、花見も楽しみましたね」
 忘れもしない。
 木陰に敷いたレジャーシートの上。
 ふたり並んで、シャンデリアのように垂れ下がるうす紫を見つめた。
「ありゃ見事だったな。でも俺は、お前の作ってくれたサンドイッチが格別だったことの方が、しっかり覚えてるぜ」
 花より団子だなと、アランは笑うけれど。
 ルミはあの時、ひそやかに咲くピンクのチューリップを見ていた。
 色によって花言葉を変える、チューリップの花。
 己の内にしかと芽生えた想いを自覚しながら、立場もしがらみもない、別世界のような時間をかけがえのないものとして感じていた。
 ――私の願いは、叶わない。
 ――領主の私はあらゆる制約を受け、彼と結ばれない。
 それが、『儚い夢(アネモネ)』と呼ばれる呪いと、紫の瞳を負った者の宿命。
(ああ、それでも)
 今なお、幾度となく沸きあがる感傷に、胸を締めつけられるけれど。
 幻のダンジョンで視た、残酷なほどに幸福な生活。
 叶わないはずだった夢に背を向け、歩きだしたあの時から。
 ルミは夢と幸福を噛み締め、運命に抗ってきた。
 そして、アランもまた――。
 ふいに涙を浮かべ夫の胸に顔を埋めたルミの髪を、アランはわしゃわしゃと乱し、撫で抱く。
 いくつかよぎった『モテる男の言葉』は、やっぱり似合わねぇなと、胸中でひとりごちて。
「飾らなくていいんだよ」
 いつかの妻の言葉を、アランはそのまま返した。
 自らの呪いと向きあい、重圧と戦ってきた彼女を知っている。
 現実を受けとめ、果敢に進もうとする彼女を知っている。
 だからこそ。
 ――せめて自分の側にいる時だけは。あらゆるしがらみから解きはなたれていてほしい。
 シトリンクォーツの休暇をともに過ごした、あの日。
 空と海のひろがる世界で潮騒に耳を澄ましながら、二人そろって過ごした。
 同じ刻は、二度と訪れることはない。
 戦いに身を投じる己だからこそ、人生をともに歩くと誓ってくれたルミの存在が、今は愛おしくてたまらない。
 抱き寄せたルミの耳元に降りそそぐようにと、アランはよく通る声で、言った。
「混沌がこれからどうなるかは知らねぇし、俺も、この先どうなっちまうかわかんねぇ。正直、魔種との戦いもどうなるかわかんねーけど……」
 世界と愛しい人を守るためならば、己は迷うことなく騒乱に身を投じ、剣を手にするだろう。
 戦いともなれば、命の危険が及ぶことも覚悟しなければならない。
「それでも」
 ――この世界で、生きていく。
 そう決め、今日という日を迎えた。
 太陽は今や、地平の果てで赤く燃えていて。
 黄金に満ちた世界の真ん中で、アランは告げた。
「改めて、誓う」
 宣誓するように。
 腕のなかの妻に、向き直って。
「お前の傍に。死ぬまで、ずっと一緒に居させてくれ」
 次の瞬間。
 ルミは弾けたように顔をあげ、アランの唇に己の唇を重ねた。
 火照る頬と熱い唇は、いつかの不意打ちのキスのようで。
「――ったく。事前に言ってくれって、約束しただろ」
 頬と鼻先をすり寄せ。
 アランは改めて、生涯の伴侶となった女性を力強く、抱きしめた。

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