イラスト詳細
アラン・アークライトの一周年記念SS
イラストSS
結婚式を挙げた後。
祝福を告げる鐘が鳴り響くなか、純白の礼装に身を包んだ『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)は、同じく純白のドレスに身を包んだ『ルミナリアの姫』ルミ・アルフォード(p3p000212)を横抱きにして、丘の上にたたずんでいた。
地に沈まんとする太陽が、あたり一面を茜色に染めあげている。
燦然と輝く黄金のまばゆさに目を細めながら、ふたりは眼前にひろがる大地を見つめる。
――深緑と傭兵の近くに位置する、アルフォード領。
領主たるルミの治める土地が、そこからは一望できた。
さあと吹き寄せた風がさざ波のように駆けぬけ、この祝福をはるか彼方へも届けるかのように、さやかな旋律を奏でていく。
「結婚しちまったなぁ」
「えぇ、そうですね」
風に流れる緑髪を押さえルミが微笑み零せば、アランもまた、見つめる瞳に微笑を返して。
アランはドレスの裾が汚れないようにと、そっとルミを地に降ろした。
ふたり、ぴったりと寄り添って。
夕景のなか想い出すのは、これまで幾重にも重ねてきた時間の数々だ。
「……出会ったばかりの頃が、もう、遠い昔のように感じますね」
「あぁ。まるで昨日の事みてぇに思いだせるのに、あっという間だった」
あれは、出会ってどれほどの頃だったか。
一年前の、夏から秋に変わろうという時分。
アルフォード領そばの森へ、ルミとともに狩りへ出かけた。
木々生い茂る森のなか、狩人の服に身を包んでいたとしても。
ルミはあの頃から、今と変わらぬ、やわらかな気品に満ちていた。
「森を歩きながら、いろんな話をしましたね」
「子どものころのこと。家族のこと。弓の使い方も教えたっけな。逃げた鹿を仕留めるために、呪術を使って弓を射るのも見た」
奇妙な軌道を描きながら心臓めがけ飛んでいく矢の映像は、今もまざまざと思い出すことができる。
「その後はすこし寄り道をして、陽の光がさす花畑へ連れて行ってくださいました」
一面の白い花。
風が吹き、花吹雪舞うなかで、ルミはアランの頬に口づけを贈った。
――責務に追われる合間の、ゆったりとした一日。
照れながら先を行くアランの背中を追いかける時の、弾むような気持ち。
離宮に、現実にもどることが、どれだけ口惜しかったか。
「そういえば、グラオ・クローネの日のことは、覚えていますか?」
「……空飛ぶ綿あめに乗って空中散歩した体験なんざ、そうそう忘れるわけねぇだろ」
万が一にも落とすわけにはいかないと、アランはルミの華奢な身体へ、しっかりと腕を回した。
ぎこちないながらも頼もしいその腕が嬉しく、ルミは祝福とともに、アランへチョコレートを渡したのだ。
「あとは、あれだ。『シルク・ド・マントゥール』の公演も、一緒に見に行ったっけな」
当時の己の初々しさをはぐらかすように、アランが次の話題を投げかける。
ルミはアランの顔を覗きこむようにして、即答した。
「それこそ、忘れようもありません」
――何かあったら観客含めて俺が守ってやるさ。安心しろこの野郎。
乱暴でありながら、すべてを背に立とうともする頼もしさに、不安に満ちていたルミの心がどれほど励まされたことか。
「あの時の言葉があったからこそ、ビニール傘を手にしての訓練も、挑戦してみようと思えたのですよ」
「……ああ、『メリポチャレンジ』な」
彼方を見やりアランが口にしたのは、ある狂信者の実施した降下訓練のことだ。
実際のところ楽観していたのはルミだけで、アランはわりと命の危険を感じていた。
が、それは、あえて口に出さずにおく。
そんなアランを見やり、ルミはくすりと微笑んで。
頬を撫でた風に花の香りを感じ、かつての光景を脳裏に蘇らせるよう、まぶたを閉ざした。
「春と夏の気配が混ざるころには、こんな草原のある丘陵で、花見も楽しみましたね」
忘れもしない。
木陰に敷いたレジャーシートの上。
ふたり並んで、シャンデリアのように垂れ下がるうす紫を見つめた。
「ありゃ見事だったな。でも俺は、お前の作ってくれたサンドイッチが格別だったことの方が、しっかり覚えてるぜ」
花より団子だなと、アランは笑うけれど。
ルミはあの時、ひそやかに咲くピンクのチューリップを見ていた。
色によって花言葉を変える、チューリップの花。
己の内にしかと芽生えた想いを自覚しながら、立場もしがらみもない、別世界のような時間をかけがえのないものとして感じていた。
――私の願いは、叶わない。
――領主の私はあらゆる制約を受け、彼と結ばれない。
それが、『儚い夢(アネモネ)』と呼ばれる呪いと、紫の瞳を負った者の宿命。
(ああ、それでも)
今なお、幾度となく沸きあがる感傷に、胸を締めつけられるけれど。
幻のダンジョンで視た、残酷なほどに幸福な生活。
叶わないはずだった夢に背を向け、歩きだしたあの時から。
ルミは夢と幸福を噛み締め、運命に抗ってきた。
そして、アランもまた――。
ふいに涙を浮かべ夫の胸に顔を埋めたルミの髪を、アランはわしゃわしゃと乱し、撫で抱く。
いくつかよぎった『モテる男の言葉』は、やっぱり似合わねぇなと、胸中でひとりごちて。
「飾らなくていいんだよ」
いつかの妻の言葉を、アランはそのまま返した。
自らの呪いと向きあい、重圧と戦ってきた彼女を知っている。
現実を受けとめ、果敢に進もうとする彼女を知っている。
だからこそ。
――せめて自分の側にいる時だけは。あらゆるしがらみから解きはなたれていてほしい。
シトリンクォーツの休暇をともに過ごした、あの日。
空と海のひろがる世界で潮騒に耳を澄ましながら、二人そろって過ごした。
同じ刻は、二度と訪れることはない。
戦いに身を投じる己だからこそ、人生をともに歩くと誓ってくれたルミの存在が、今は愛おしくてたまらない。
抱き寄せたルミの耳元に降りそそぐようにと、アランはよく通る声で、言った。
「混沌がこれからどうなるかは知らねぇし、俺も、この先どうなっちまうかわかんねぇ。正直、魔種との戦いもどうなるかわかんねーけど……」
世界と愛しい人を守るためならば、己は迷うことなく騒乱に身を投じ、剣を手にするだろう。
戦いともなれば、命の危険が及ぶことも覚悟しなければならない。
「それでも」
――この世界で、生きていく。
そう決め、今日という日を迎えた。
太陽は今や、地平の果てで赤く燃えていて。
黄金に満ちた世界の真ん中で、アランは告げた。
「改めて、誓う」
宣誓するように。
腕のなかの妻に、向き直って。
「お前の傍に。死ぬまで、ずっと一緒に居させてくれ」
次の瞬間。
ルミは弾けたように顔をあげ、アランの唇に己の唇を重ねた。
火照る頬と熱い唇は、いつかの不意打ちのキスのようで。
「――ったく。事前に言ってくれって、約束しただろ」
頬と鼻先をすり寄せ。
アランは改めて、生涯の伴侶となった女性を力強く、抱きしめた。