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イラスト詳細

すずなの一周年記念SS

作者 白黒茶猫
人物 すずな
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

4  

イラストSS

●剣才に恵まれし一匹狼
 人々の雑踏から離れた、静かな街の一角。
 その中に剣を振るい、風を斬る音だけが響く。
 夏の日差しを遮り、木漏れ日に照らされているのは、鍛錬用の道着の少女。
 狼耳の少女が剣を振るう度、結い上げた長いポニーテールと、もふもふと毛量豊かな狼の尻尾が揺れる。
 すずなの日課である鍛錬に、よく利用す るようになった場所だ。
 あまり社交的なほうではないすずなが最近見つけた、人の喧騒と夏の暑さから逃れられる絶好のスポットだ。
 滴り落ちる汗は、夏の暑さだけではなく没頭していた運動量を示す。
 右足で一歩踏み込み、左足を前へ引きつけながら振り下ろす。
 左足を元いた場所に戻る様に一歩下げ、振りかぶると共に右足を引き戻す。
 その切っ先のブレはなく、正確に同じ空間を斬る。
『良いか、すずな』
 一心不乱に集中してひたすら繰り返すうちに、このフレーズから始まる懐かしい言葉を思い出す。
「素振りはただの準備運動ではない。斬る、振り下ろす、突く、薙ぐ、払う。全ての動きの基礎となる」
 剣の師である祖父、朋重が口を酸っぱくして言うお説教。
「お前が儂から学ぶのは剣術か、ただの棒振り術か。それを分けるのが素振りだ」
「はい、爺様」
 記憶の中の古風な武人然としたしかめっ面に、少しだけくすりと笑って答える。
 千を数えたところで、タオルで汗を拭って程よく解れた身体と共に呼吸を整える。
 その場で固められた足跡は一組分。
 すずなの華奢な足跡に指一本の乱れはなく、同じ場所へ千の足跡を刻む。
 溢れる才気と弛まぬ鍛錬によって、ギフトと呼ばれるまでに至る『剣神の加護』を宿したすずなにとっては慣れた日課だ。
「慢心は心の乱れ。心の乱れは剣の乱れ……ですっ」
 素振りが如何に大事で、難しいものであるかを理解しながらも、当然のように出来て当たり前であると。
 そうでなくてはいけない とあくまでストイックに自らを戒める。
 本人の気質か、古強者たる祖父の指導の影響か。あるいはその両方か。
 続いて構え直すのは、基礎を下地としたその技の型。
 隙を作らない、動きを止めない事に重きを置いた、どの型からでも次の型へと移れる、連続の型。
「すずなよ。儂が教えるのは剣道ではない、剣術だ。その違いはわかるか」
 首を振ってから促すように見つめれば、祖父を重々しく頷く。
「どちらも名の通り。剣道は『道』を教える。礼に始まり礼に終わるとは、どの武道でも同じだが。
 面、胴、小手。決まり技だけでなく決め手も『斬った』後の残心……警戒し、もう一度斬れるよう構え直すまでを含む」
 緊張を、警戒を解かず、再び構え直し様子を見る。
「『 刀で斬った』のに、だ。真剣で面を、腹を、斬れば人は死ぬ。しかし、何故もう一刀構える必要があるか」
 少し考えて、またすずなは首を振った。
 祖父が話したがりな気分だと見抜いたのもあって、大人しく聞くつもりでいた。
「殺さぬ剣、そして殺されぬ為の剣だからだ。丁度、同じ場所を木刀や竹刀で打てば酷く傷むが、致命傷にはならん。
 そして相手が立ち上がろうと、もう一度打ち据えられるよう構え直す、これが残心だ。
 同時に、相手を『斬った』ところで、自分が斬られてはならぬからだ。対する、剣術は……」
「殺す為の剣……」
 祖父が何を言わんと気付いた幼い時分のすずなは、握る剣がほんの少しだけ怖くなったように思う。
 しかしす ずなは今なお、その殺す為の剣を手にしている。
 その時よりも格段に鍛錬を積み、更に高みを目指さんと積み上げている。
 齢15程度にしか見えぬ見た目と裏腹に、すずなが元の世界で生きた時間は永い。
 その中で幾度も命を懸けた実戦を経て、如何なる体勢からどの型に繋げるか、どこに虚実織り交ぜるか、既に身体に染み付いてる。
 剣をすちゃりと鞘に収め、目を閉じて想いを馳せる。
 思い出すのは、老いてなお鋭く、重く、剛剣であった力強い一刀。
 振るった剣で道場その物が揺らいだようにも思えたその剣圧の重み。
「すずな。お前は非力だ。儂と比べれば、遥かに軽い。儂を真似たところで幾百年掛けても劣るだろう。儂の剣を目指すな」
 祖父は嘘はつかない。甘い 言葉で言い繕わない。
 不器用で、ただただ、真っ直ぐにぶつかってくれる。
 元の世界、不老であった年月重ねても、その見立て通り祖父に届く自信はない。
「しかし、速い。故にお前は、お前の剣で――」
「故に私は、私の剣で――」
 祖父の言葉をなぞるように呟いたすずなの目の前。
 風に吹かれて舞い落ちる木の葉が、音もなく二つに分かたれる。
 否、『斬られた』。
 すずなの手の中の剣が瞬きの内に抜き放たれ、鞘へと納められる。
 音すら断つ、すずなが最も秀でた神速の抜刀術。
「――更なる高みを目指します」
 いつも無愛想で、笑ったことなど一度もないのでは。なんて思っていた祖父が、その言葉を聞いて微笑んだのを覚えてる。
 年頃の娘が遊ぶよう なこともロクにせず、剣の修業に明け暮れた日々。
 祖父は何も言わず、剣だけを教えてくれた。
 無意識に尻尾が揺れる。
 呪い憑きと呼ばれ好奇の目に晒されていたそれは、この無辜なる混沌では有り触れた特徴だ。
 その『呪い』も今では気にならなくなったとはいえ、人見知りな性分は今なお変わらない。
 孫娘の気性を心配していたのも、不器用な愛情の中に感じていた。
 その後にくどくどと、剣に生きる道以外の事を言われたのを思い出してくすりと笑った。
 特異運命座標と呼ばれる者達が集い始めてから一周年。
 すずなは最近この世界に召喚されたばかりだが、同様に最近来たばかりの者も多くいる。
 こうして修業に明け暮れ一人で過ごす時間の多いすずなとて、別 段孤独を愛するわけではない。
 生来の気性と生い立ち所以の諸々を含めて少し照れ屋で、人見知りなだけだ。
 すずなは狼耳をぴこぴこと動く耳を撫でつける。
「もう、差別されることもない……」
 この『呪い』すら可愛げに見える異世界に飛ばされたのだ。
 同時に不老の呪いも解け、人と同じ時間を生きる。もう誰かに置いて行かれる心配もない。
「もしかしたら……仲良くなれる人も、いるかも……っ」
 気兼ねなく人と関わる事ができるだろう。
 そして想いを馳せていると、少し離れた所で木の枝が折れる嫌な音が響く。
 先程の木の葉を落とし、すずなを日差しから守っていた一本の木の幹が思い出したかのように『ズレ』る。
「あっ」
 と声を出した時には既に遅 く。
 めきめきと枝の折れる音を連鎖的に奏でながら、大きな音を立てて倒れる。
「ああーっ!? や、やっちゃったっ!?」
 抜刀の余波が、木の葉どころか木の幹まで断ち斬ってしまっていた。
 懐かしい思い出に浸っていたせいか、些か気合が入り過ぎていたようだ。
「うぅ、これじゃ爺様に『邪念が混じっている!』なんて叱られちゃう……いや、その前にここの敷地の人とか!?」
 この付近に立ち寄る者が自分以外いないのも忘れて、慌ててしまうのも愛嬌。
 剣に生きる少女の、新たな世界で再び高みを目指す、小さな日常の一幕。
 この世界の混沌肯定によってレベルダウンしたすずなの剣の冴えも、少しずつ、けれど着実に取り戻し始めている。
 すずながその手応えを 実感するのは、もう少し落ち着いてから、だった。

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