PandoraPartyProject

イラスト詳細

はじまりはじまり

作者 澤見夜行
人物 不動・醒鳴
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

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イラストSS


 風が流れていた。
 少し前まで部屋にいたはずなのに、そう思うまもなく吹き抜ける風が髪を揺らした。
 男――『特異運命座標』不動醒鳴(p3p005513)は特筆する所のない、地球は日本という国の青年である。
 彼にしてみれば、突然画面が切り替わるように世界が変化を遂げたことを大げさに驚くところであるはずなのだが、あまりにも突然すぎてその反応すら取れずにいた。
 ここは無辜なる混沌。その空中庭園。
 空の上のその神殿らしい場所には、醒鳴と同様な事情を抱える者達が多数いた。
(声、掛けてみるか……? いやしかし……)
 互いに事情が分からぬ以上、下手に絡んで揉め事にでもなれば面倒だと、様子を見ることにした。
 周囲には同じような人や、人ならざる物もいる。
 どうやら言葉は通じるようだが、見た目が完全に動物なものもいるのに不思議な物だとおもう。
 空中庭園は人工の建造物のように見えるが、このような物が空を飛んでいるように思えるのもまた不思議だった。一体此処は何処なのだろうか。
 その答えは、すぐに聞かされることになる。
 幾人かが探索し見つけた案内人。
 ざんげと名乗る美人が告げたのは、いつか漫画や本で目にした異世界救済の話だった。
 面倒ごとは嫌いだが――どうやらこの世界で生きていく必要がありそうだと、分別ある大人であるところの醒鳴は、対した疑問も提示することなくざんげに従うことにした。
「それじゃ街に送りますです。これから元気溌剌に頑張ってくださいです」
 そう告げられて、不思議な光に包まれれば、少しの不安定感の後に世界は今一度変化する。
「街だ……」
 そこは幻想はギルド・ローレットの置かれる街。人が行き交い言葉を交わす町並みは中世ヨーロッパを思い起こさせた。
 さて、ローレットへ向かうように言われたが、何分道が分からない。どうした物かと考えていると、なにやら遠くから走ってくる少女の姿が見えた。
 少女は醒鳴含めた空中庭園組の前に音を立てる勢いで止まると、額の汗を拭う。
「ふぅ……間に合ったのです。バッチリジャストタイミングなのですよ」
「いえ、見るからに間に合ってなさそうですよ」
「君達は……?」
 その小さな胸を張る少女と後からやってきて隣に並ぶ大きな胸の女性。二人に声を掛けると二人は揃って頭を下げた。
「ようこそ混沌へ! ローレットへの案内役を買って出た美少女情報屋のユリーカ・ユリカなのです」
「同じく案内役をすることになりました冒険者のラーシア・フェリルです。よろしくお願いしますね」
 うむ、可愛いと美人が揃っているのは良いことだ。
 まじまじと見ていた醒鳴は、ハッと頭を振ると、二人にローレットへの案内を頼む。
「はいなのです。付いてきて欲しいのですよ。そう遠くないですけど迷子になると面倒ですからね」
 そう言って駆け出すユリーカは元気いっぱいだ。
「ああ、そんなに走ると転びますよー。すみません、連れが忙しなくて。私達も行きましょうか」
 柔らかく微笑むラーシアに連れられ、醒鳴達空中庭園組が歩き出す。弾むラーシアの胸に目が行きそうになるが、我慢する。
 街は平和だが、どこか慌ただしい印象を受ける。
「――何かあるのか?」
 その様子を疑問として投げかけると、
「今、幻想の各地で大きな戦いが起こっているのです。きっとそのせいですね」
 戦い。
 平和な日本にいた時は余所の国の話だと思っていたソレが、いまこの国では行われているらしい。
 ローレットと言う場所は何でも屋ということだった。戦いに巻き込まれることもあるかもしれないな、と醒鳴は思う。
 自分にできるだろうか? 争いごとを好むわけではなかったが、状況を想定してみて……案外やれそうな気がしていた。
「さあ、ついたのですよ」
 少し大きめの建物のドアを空けて中に入ると、幾人かの人間が忙しそうに歩き回っていた。
 その奥で、テーブルに肘をついて待っている男が一人。
「お、来たな。ようこそローレットへ」
 眼光鋭い男――レオン・ドナーツ・バルトロメイは口の端をつり上げた。


「というわけで最低限の衣食住は保証してやる。
 変わりにオマエさん達には仕事をしてもらう形になる」
 一通りの説明を終えたレオンの言葉に、在る者は疑問を投げかけ、在る者は難色を示す者もいたが、その悉くをレオンは言葉巧みに言いくるめると、納得させたようだった。
 醒鳴もなにか言おうかと思ったが、提示された条件に特に不満はなかった。状況的に考えれば好待遇であるし、しっかりと依頼をこなせれば生活も安定しそうだと考えていた。
 その様子を見たレオンが醒鳴に話しかける。
「オマエはなにか質問はないのか?」
「いや、特にはないな。待遇についても了解した。依頼も受けさせて貰うよ」
 その言葉にレオンは肩を竦める。
「ずいぶん物わかりが良いな。いやなに、悪いとは言わんが、召喚されたばかりだろう。もっとこう理不尽に対して何か言うことはないのかと思ってな」
「いや、とくには。そうしなきゃならないというのであれば、そうするまでさ」
 ふーん、なるほどねとレオンは醒鳴を覗き見るように目を細める。その鋭い瞳に心の奥底まで射貫かれるようだ。
「ま、分別あるってのは悪いことじゃないしな。ただ、こういう話もある――」
 それはある旅人から聞いた話だと言う。
 醒鳴のように分別があり”大人”な対応を良しとする男と家族が街に買い物に行った時の話だ。
 大きな店の中で買い物をしていると、突如正体不明の魔物に店が襲われたらしい。
 当然店は大混乱。分別を持たない男は錯乱し魔物のいる店の外へと飛び出す様を見て、分別ある男は家族とともに店に閉じこもる決断をする。
 魔物は店への侵入を試みようと色々な手段を講じ、そして、とうとう店が限界を向かえそうになった。
 分別ある男は、最後の賭けで家族、そして店にいた他人とともに店の外への脱出を試みる。
「どうなったと思う?」
「助かったんじゃないのか? 賭けに勝って」
「うん、そうだな。賭けには勝った。けどな、すでに街の外はその魔物の仲間によって滅んでいたんだ」
 逃げ場のない状況。
 分別ある男は絶望を前に決断をする。
「このまま魔物に殺されるくらいなら――自ら死を選んだのさ。家族も殺してな」
「それは……悲しい結末だな」
「話は続く。家族を手に掛け、最後に自分の命を絶とうとしたとき……絶望が晴れる。街を襲った魔物を退治すべく軍がやってきたんだ」
 決断に決断を重ねた分別ある男は、分別があったが故に最愛の家族を失った。そして一人生き残ることになる。
「この話にはオチがあってな。分別なく店から最初に飛び出した連中は生き残っていたのさ。
 詰まるところ、分別あるっていうのは悪いことじゃない。ただ場合や状況によってはそれが罪に繋がり得ることもあるって話さ」
「それが俺だと?」
「さあどうだかね。なにたまにはハメを外すのも悪いことではないんじゃないか?」
 様々な可能性を蒐集するのが、オマエ達の役目なんだからな。レオンの言葉に醒鳴はただ一つ頷いて返すのだった。
 レオンとの会話が終わると、ユリーカとラーシアが近くの宿まで案内してくれた。宿の一室がこれから住まう場所となる。
 異世界での生活が始まる。静かな高揚が胸の奥に燻り、しばらく眠ることは難しそうだと思った――。

 異世界での生活はすぐに慣れ、今日も今日とてローレットに足を運ぶ。
 世間は『サーカス』の話題で持ちきりだ。いよいよ決戦が行われるという話もある。
「よし……やるか」
 醒鳴は依頼書手に取り受け付けへ。
 すでにこのやりとりは二回目だ。最初はそう、幽霊船退治の依頼だった。
 最初から幻想を離れ他国に行くとは自分でも考えていなかったが、それはそれ、面白い経験ができたと思う。
 戦いについても、案外やれそうだという考えは間違っていなかった。我ながら自身の内面衝動に些か不安を覚えるが、それはそれだ。
 依頼を受けることに同意し契約する。
 幻想国内で不穏な動きを見せる通称『サーカス』。
 いまだ幻想のことについても詳しくないが、この戦いに身を投じることに決めた。
 不動醒鳴。地球は日本という国よりきた至って普通に青年である。
 特異運命座標となった彼の日々は幻想にとって重大な節目のその時から始まり、進んでいくのだ――。

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