PandoraPartyProject

イラスト詳細

変えられない過去、変わり行く未来

作者 昼空卵
人物 セレネ
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

9  

イラストSS

 白銀の猫は大通りを駆ける。懐の時計を気にしながら。
 ラピスラズリの瞳で正面を見据え、白銀の猫、セレネは一刻も早く目的の場所が見えてこないかと焦燥の表情を浮かべ胸をざわつかせた。
 今日はセレネにとって少し特別な異性の友人と、ささやかなお出かけの日。

 ――嗚呼、そんな日に限って遅刻なんて!

 余裕を持って起きたはずなのに、乙女の準備に時間を割き過ぎて、気づいた頃にはもう遅かった。
 何度見たって時計の針は約束の時刻を過ぎている。 
 
「(見えた……!)」
 待ち合わせ場所に決めた公園の噴水が視界に飛び込み、その前に彼女のよく知る人物が立ち尽くしているのもよく見える。
 なんであんなに今日の服装に悩んでしまったのか。後悔を覚えながらセレネは更に速度を上げて、その人物の目前に向けて足を動かし続けた。
「――ライセルさん!」
「セレネちゃん」
 到着を待っていたのは長身の、どこか儚げな印象を与える美しい男性だ。
 黒い髪は艷やかで、切れ長のヴァイオレットの目は多くの優しさと、少しの憂いを秘めている。
 彼、ライセルは落ち着いた声でセレネを迎え、微笑んでいた。
「……お待たせしました、遅くなってごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ。俺も今来た所だから」
 セレネは真っ先にライセルに謝罪する。
 彼は何も気にしてないという様子で首を横に振り、上がった息を整えるよう促してくれた。
「……」
 しかし、セレネは彼の"今来た所だから"という言葉に引っかかるものを感じて。
「(……いけないこと、だけど)」
 そうは解っていながらも、セレネは自らの力を使わずにはいられない。
「(少しだけ、遡ります)」
 星詠の記憶。刹那、セレネの瞳には「過去」が映し出された。
 それは自分が訪れる前の公園の噴水の光景。そこには。
「(……やっぱり……)」

 ――自分の到来を今か今かと待ち続ける、ライセルの姿。

「……セレネちゃん?」
 「過去」を視ている間は全くの無防備となってしまうセレネの意識を引き戻したのはライセルの心配そうな声。
 見れば目の前には膝をついて視線を合わせて、心配そうにこちらを眺める彼の顔があった。
「ごめんなさい!」
「え?」
 意識が「現在」に戻ってきた瞬間、セレネはもう一度ライセルに謝っていた。
 彼は随分待っていた事実をひた隠し、配慮してくれていた。けれどセレネは「過去」を見通し、真実を知ってしまった。
 罪悪感がぶわりと膨らみ、深く頭を下げるに至る。
「大丈夫だよ。本当に俺も今来たところで待ってなんかいないから」
 そんなことなど露知らぬライセルは、相変わらず微笑みを浮かべていた。
「……ライセルさん」
「ん?」
 噴水の前に設置されたベンチに座ろうと促し、二人で並んで腰を下ろす。
「あの、ね? 実は……」
 不思議そうにこちらを眺めるライセルに、セレネはおずおずと切り出してみせた。
「私、『過去』を視ることができるんです」

 セレネは包み隠さず自らの持つ特別な力についてライセルに話した。
 そしてその力を使って、少し時間を遡って待ちぼうけのライセルの姿をはっきりと視たことも伝えた。
「……ということは、俺の嘘も見抜かれちゃったか」
「ごめんなさい。どんな服にしようか、迷ってしまって」
「いいんだよ。今日のセレネちゃんはいつにも増してお洒落で可愛い。女の子のおめかしにかける熱意に文句なんてつけられないよ」
 慰めの言葉でもあり、きっとその言葉はライセルの本心なのだろう。抱えた罪悪感が躰から抜け落ちていくのが判った。
「……普段は使わないチカラなんです。あまり好きじゃないから」
 安心したところで、セレネは自らの力について更に彼に話していた。
「そうなのかい?」
「このチカラは、大召喚が起きるもっと前。私が5歳の頃に身についたんです。私の両親は特異点となった私のチカラを使って、困ってる人たちを助ける活動を始めました」
 そんな生活が楽しかったとセレネは言う。
 自分の力が誰かの役に立つ。感謝される。見返りを求めているわけではなかったから生活は質素なものだったけれど、充実した毎日だったと。
「私のチカラは人の役に立てるチカラ。みんなを幸せにするチカラ。そう信じていました。大好きだった。――あの日が来るまでは」
 完全なる善行のための力だと信じ切っていたセレネに降り掛かった災厄は、余りにも重たいものだった。
 雨が降りしきる日のことだった。
「私のチカラを悪用しようとした人が、それを拒んだ両親を殺したんです」
 セレネはその惨劇の全てを「視てしまった」。悪意と暴力の塊が、自分の幸せな生活を破壊していく様を。
 以来、セレネは力をできるだけ使うことなく、孤独の身を放浪の旅に任せる生活へと落ち延びざるを得なかった。
 惨劇の光景は今も脳裏に焼き付いている。きっと生涯忘れることはできない。
 それでも、こうして話してる間に頬を濡らすことはついになかった。
 放浪の生活は自らを否応なしに強くして、涙を枯らしてしまったから。
 
 ――ひとしきり話し終えて、セレネは俯いた。沈黙が二人の間を支配する。

「……セレネちゃんは、俺の知ってる誰よりも優しいんだね」
「えっ?」
 沈黙を破った思いがけないライセルの言葉に、セレネは弾かれたように顔を上げた。
「そんなに辛い思いをした力を、さっき使ったんだね? 俺のささやかな嘘を暴くために。遅刻して待たせてごめんなさい、って謝るためだけに」
「……そう、ですね」
「セレネちゃん。ちょっと見ててくれるかい?」
 ライセルが手をセレネの目前に持ってきて、何かと眺めてみれば、何もなかったはずの彼の手から黄色いガーベラの花が現れる。
「わ……」
 彼はその花をセレネの頭に飾り付けてくれた。
「俺は咄嗟に、好きじゃない自分の力を使ってまで謝ろうと考えられる子はそうは居ないと思う。……知ってるかい? 黄色いガーベラの花言葉は『優しさ、暖かさ』」
「優しさ、暖かさ……」
「黄色のアクセントもどうかな? きっと、似合うと思うよ。君にピッタリだ」
 “少しキザっぽかったかい?”と、照れ隠しに笑うライセルを見て、セレネもつられて笑ってしまった。
「さぁ、今日はまだまだ始まったばかりだよ。どこに行こうか?」
「……はい! あの、それじゃあ……!」
 特別なお出かけのプランを練りながら、セレネは十字架のチョーカーへ無意識に手を当てて、そっと握りしめていた。

 ――人には優しくあること……人を信じる事を忘れないで。

 亡き母親の教えは間違っていない。涙が枯れ果てても、人に優しく、信じ続ける自分であろう。
 「過去」を視る事のできる白銀の猫は改めて強く決意し、「現在(いま)」の素敵な時間に没頭していくのだった。

PAGETOPPAGEBOTTOM