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イラスト詳細

恋歌 鼎の一周年記念SS

作者 夏あかね
人物 恋歌 鼎
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

7  

イラストSS

 いつもと変わらない。只、それだけで心はどれ程に休まるか。
 柔らかな日差しが差し込む中で、庭に並んだ花達は皆、暑い太陽にどこか困った様に揺れている。
 今日は風も優しく吹く日だから。そんな日に休暇を過ごせるのはどれ程嬉しい事だろうか。
 穏やかな日々を過ごす中、恋歌 鼎は如雨露を手に庭へと出た。
 大切にと同居人――シャロン=セルシウスが育てる花々。その美しさはいつ見ても心休まるものだ。
 楽し気に花に触れて、語り掛ける様にシャワーを浴びせる。そうしている彼の横顔に鼎はくすりと笑う。
「ふふ、シャロンはいつも楽しそうにするね。植物の心が判るからかな?」
 首を傾げ、小さく笑う。悪戯っ子のような鼎の仕草にシャロンは花に指先添えて、穏やかに息をついた。
「こうしているとね、落ち着くんだよ。
 人と話すより、植物の方が……って変り者だね」
 人の心は千差万別。気持ちを通じ合わせられる植物たちと比べればと、言葉少なにそう言ったシャロンの言葉に鼎はぱちりと瞬いた。
「ふふ、そうでもないよ?」
 植物の様に可憐に。花の様に笑みを浮かべるシャロンには植物と共にある事が何より似合う。
 そして、その姿に心安らぐのは鼎だってそうだと言うように目を細めて。けれど、鼎は『悪戯っ子』――それだけじゃ終わらない。
「君の微笑みは花が咲き綻ぶように可愛いってことだよ?」
 ほら、こうして小さく笑ってやればシャロンはいつだって困った顔をする。
 照れた様な、困ったような、どこか、はにかむような。
 そんな、まるで紳士が淑女を口説くかのような言葉を恥ずかし気もなく口にするのだから、シャロンの心はどきりとしてしまう。
「男にとって可愛いは……まぁ君にとっては、可愛いの分類なのかな」
 頬を掻いて笑ったシャロンに鼎は彼を見上げて、ちらと見遣る。
 覗き込むように金の瞳が見つめている。長い髪が風に煽られゆらりと揺れる様子を見遣ってシャロンは微笑んだ。
「わかりやすい事は可愛いの分類かな?」
「ふふ、『半分』冗談だよ。可愛いのはホントだけど、言葉にした方が伝わりやすいからね」
「そうだね、気持ちは思っているだけじゃ伝わらない。
 でも……うーん、察しようとすることはできるよ。思い遣る事は」
 他人同士でも、きっと。思いやることができればわかり合うことだってできる。
 言葉を重ねれば、鼎が『悪戯』するようにからかっていることだってわかる。だから、二人で過ごすことは穏やかな時間なのだとシャロンは言葉にせず微笑んだ。
「ふふ」
 ふふ、ふふふ、と鼎の笑みは重なる。ほら、彼の気持ちなんて察してやれる。
 彼は鼎が楽し気に笑っているだけでどこか穏やかに笑うのだ。それは共に過ごしてきた者の特権ではないだろうか。
「シャロンが植物と分かり合う位には、シャロンの事は判るよ。
 ここに来てから一番長く接しているからね? 一番はシャロンだよ」
 くりくりとしたシャロンの赤い瞳が瞬いた。栗色の髪先を遊ぶ髪先を目線で追いかけて鼎は如雨露を地面に置いてシャロンへとゆっくり歩み寄る。
 如雨露からぽたり、ぽたりと雫が垂れている。雨だれの様にゆっくりと落ちる其れに僅かに視線を向けた後、鼎はゆっくりと背の高い彼を見上げた。
「シャロン」
「なんだい?」
「ううん、いや、判りやすいよ。私にとって、一番分かり合えているのはシャロンだと思っている」
 君は、と小さく呟かれた困った様な声音に鼎はくすくすと小さく笑った。
 身長差はある。何処か、遠く感じる距離は身長のせいなのかもしれないが、それにもずいぶん慣れたものだ。
 こうして共に在る事が『当たり前』になったのはいつからだろうか。
 穏やかな彼を見上げて、鼎は「何故って? 教えてあげるよ。子犬みたいに分かりやすいからだけど」と冗句めかした。
「僕は犬なのかい……しかも大型犬じゃなくて、子犬ときた」
 体格の差も、楽し気な鼎の前では形無しだ。大型な犬だと言われればそうだろうとシャロンは笑った事だろう。
 子犬かあ、と呟く彼に鼎は「かわいいさ」と猫のように目を細める。
「子犬の様に不安な時は尻尾を丸めて、楽しい時は尻尾を振って、まるで甘えてくれるかのようだ」
「甘えてるかな?」
「さあ? それは私からはノーコメントだ。だって、教えたら面白くないだろう?」
 悪戯めかす。そんなこと――聞かれたって教えてあげない。
「まったく……相変わらず。
 ああ、けれど長い時間一緒にいる……うん、そうだね、鼎と過ごして気付けば随分経った」
 鼎が特異運命座標となってから。シャロンと共に在る日々を過ごしてから。
 様々なイベントも、死地をくぐり抜ける事もあった。その身に傷を負う事もあれば、二人共に戦場を行く事だってあった。
 こうして穏やかな日常を過ごせることは何よりも楽しくて。ほら、他愛もない会話も、言葉を口にするだけで色づいて感じられる。
「ふふ、時が立つのは早いもの。私がこの世界に来てから……そう思えば随分長い時間が経っただろう?
 変わるものもあるけど、居場所をくれたシャロンへの感謝は変わらないよ?」
 旅するように、世界に訪れて。幼い子供のような雰囲気で過ごしていた鼎にとって『召喚』はどれほど不安なものであったろうか。
 変わりゆく世界。混沌は常にその姿を変容する。様々な存在を暴食と言わんばかりに飲み喰らい、変容を是とするからだ。
 そんな中で、何も変わる事無く穏やかな場所を与えてくれる人がいる。
 鼎にとってそれはどれ程までに嬉しい事であっただろうか。穏やかな世界が、かけがえのない未来が。
「……鼎」
 名を呼ばれる。鼎にとってかけがえのないもの。
 シャロンの確かめる様な声音に鼎はからからと小さく笑う。
「なんてね、住処的な意味だよ。もっと別な意味を期待したかい?」
「鼎、君は――」
 知っているよ、というように呆れた声がシャロンの口元から漏れ出した。ほら、何時だって鼎の事はつかめない。
 華奢な背を丸めてくすくすと笑って。悪戯っ子の様に口にするのだ。
 鼎は無垢な子供の様に笑うから。それでいて、大人びた口調で、大人びた事を聞いてくるのだ。
 ねえ、と口にされたその時にシャロンは『困る事』を聞かれることを知っている。
「どんな意味なら、うれしい? ……シャロン、教えてくれるかい?」
 なんて。一寸、悪戯しすぎてだろうか。
 シャロンは困った様に小さく笑っている。その真紅の瞳が柔らかに細められるこの日常が鼎にとって何よりも尊いものだ。
(私は君の『うれしい意味』を聞いて、どんな顔をするのだろうか――なんて、これはからかいすぎか)
 まだ、一歩。からかう中にも踏み出せないところがある気がして鼎は目を細める。
 穏やかに過ぎるときに顔を上げて、彼の袖をくいと引けば鼎は「ほら」と室内を促した。
 さあ、花の世話が終わったら早く室内で涼みながらシャロンの好きなお菓子を食べよう。まだまだ、穏やかな午後は続くのだから。

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